03月31日(水)
廃墟・・・「伊豆大川N大学H学部セミナーハウス」
伊豆大川駅のホームから確認できる、周りの旅館などとは明らかに違った雰囲気の建物がある。
ん、書くことがない。

↓
稲取りから、伊東に戻るリゾート21に乗り熱川で下車をしまして来ましたですよ。
稲取りに向かう電車の中で「あれ、廃墟でないか?」「あとで行ってみよう」との事で来ました。
とりあえず、場所が場所で遠目からではどう行くか分かりませんでしたが、よく見ると建物の奥、木の裏のほうに車が走っているのが見えたので、「あそこから行けるんじゃないか?」と「行ってみればわかるら」といった感じでそこまで15分ほどかけて雨の中歩きました。
その場所に辿り着くと(ry(日記参照)
さて、坂を下りてすぐ目的の物件。
外観的には、草が建物の前に生えまくってるくらいでして、入り口のガラスが一部割れてるだけという。
建物の入り口の屋根部分に「N大学 伊豆大川セミナースクール」と若干錆びつつもプレートにかかれてました。
先程の割られていたガラスの所から入れたのでそこから潜入。
入るとフロントが横に、見た感じ人的破壊が殆どなく綺麗です。
しかし、立地の悪さで天井の板がカーテンのように垂れ下がってる部分が何箇所もあるという・・・
フロントには機材が置いてあり、呼び出しようのマイクなどもありました。


奥は管理人室で、泊まり込みでも大丈夫だったらしいです。
座敷部屋2つにトイレ付きでしたよ(*´∀`)
テレビが部屋入り口に置いてありました。フロント業務をしつつ見てたんですかねw
座敷の外側の部屋は窓から自然が侵食して、畳にも蔦が蔓延ってました。すごいわ( ・∀・)


フロント横には、様々な物品や椅子、腕章の束などもありました。

奥は、食堂でテーブル椅子が隅に寄せられていました。
消火器が何個か転がってました。


そして、さらに奥は厨房らしき部屋と厨房。
食堂から厨房に経由してはいる部屋には、調味料入れが棚の中にあったり、鍵の束などが。
といっても、こちらの建物内鍵の束が結構落ちてます(;・∀・)
で、部屋の隅に机があって当時の当番帳らしきものや、冊子、賞状、薬が入ったビンなど色々とあり色褪せたカレンダーがかけてありました。
1991年11月で止まってたんで、そこで閉鎖でもされたんですかね。




色々とありました。厨房には当時使ってたであろうフライパンがガスコンロの上に置いてあったり、サランラップがあったり調理機材もかなり残ってました。
その、奥の部屋には大型の冷蔵庫。さらに奥にもいくつか部屋がありました。
と、ここでつくなが「そろそろ暗くなるから帰ったほうがいいのでは?」と言ってこられたんで時間を見ると4時5分前でした(;・∀・)
そんな時間だったのね・゚゚(;´Д`)・゚゚アセアセ…

とりあえず、ギリギリまで周るとのことで散策再開。
が、この建物かなり広くて僕らは行きませんでしたが、地下1階と1階から3階と奥には別館らしき建物が(;・∀・)
奥に行くにつれてかなり暗いしね。

「まぁ、とりあえず上いくべ」とのことで2階へ。
上がってすぐ前の壁は結構破壊されてます。ヒドイ(;´Д⊂)
と、布団がかなり廊下に散らかってます。
一番手前の部屋は大部屋で布団がかなりありました。
浮浪者がいたような痕跡や、宴会でもやったような痕跡もありました。どんなw

さらに奥には、講習でも受けていたような教室らしき部屋が。長机が隅に寄せられていました。
その横は女子トイレ~。
で、階段がありました。その奥は別館ですかね。
入り口からのぞいた限り、数人ではいる個室かなんかですかね?部屋の前に番号が書かれた部屋がいくつかありました。

さて、3階へ。

と、3階も見てみましたが作りは2階とあんまり変わりませんでした。
そして、屋上。
屋上入り口の横の部屋は卓球場。卓球台が2つありました。
床が下がってて非常に危ないです・゚゚(;´Д`)・゚゚アセアセ…


外には雨が降ってるので出ずに下の入り口へ付近へ戻りました。
最後に入り口のドア前に扉があったので開けてみると、狭い下駄箱が。ですが、奥行きがw
奥行きと幅のギャップがすごいなw

そして、4時30分頃撤収しました。
帰り坂にまた郵便局のバイクがw
休憩の溜まり場なんですかね。
それから、歩いて駅まで行き帰りました。
とりあえず此処は、また来ようかと思います。早い時間にね。
状態がいい廃墟で残留物も多く楽しめたんで個人的には、まぁまぁ満足でした(*´∀`)
ではでは( ´_ゝ`)/~~

ん、書くことがない。

↓
稲取りから、伊東に戻るリゾート21に乗り熱川で下車をしまして来ましたですよ。
稲取りに向かう電車の中で「あれ、廃墟でないか?」「あとで行ってみよう」との事で来ました。
とりあえず、場所が場所で遠目からではどう行くか分かりませんでしたが、よく見ると建物の奥、木の裏のほうに車が走っているのが見えたので、「あそこから行けるんじゃないか?」と「行ってみればわかるら」といった感じでそこまで15分ほどかけて雨の中歩きました。
その場所に辿り着くと(ry(日記参照)
さて、坂を下りてすぐ目的の物件。
外観的には、草が建物の前に生えまくってるくらいでして、入り口のガラスが一部割れてるだけという。
建物の入り口の屋根部分に「N大学 伊豆大川セミナースクール」と若干錆びつつもプレートにかかれてました。
先程の割られていたガラスの所から入れたのでそこから潜入。
入るとフロントが横に、見た感じ人的破壊が殆どなく綺麗です。
しかし、立地の悪さで天井の板がカーテンのように垂れ下がってる部分が何箇所もあるという・・・
フロントには機材が置いてあり、呼び出しようのマイクなどもありました。


奥は管理人室で、泊まり込みでも大丈夫だったらしいです。
座敷部屋2つにトイレ付きでしたよ(*´∀`)
テレビが部屋入り口に置いてありました。フロント業務をしつつ見てたんですかねw
座敷の外側の部屋は窓から自然が侵食して、畳にも蔦が蔓延ってました。すごいわ( ・∀・)


フロント横には、様々な物品や椅子、腕章の束などもありました。

奥は、食堂でテーブル椅子が隅に寄せられていました。
消火器が何個か転がってました。


そして、さらに奥は厨房らしき部屋と厨房。
食堂から厨房に経由してはいる部屋には、調味料入れが棚の中にあったり、鍵の束などが。
といっても、こちらの建物内鍵の束が結構落ちてます(;・∀・)
で、部屋の隅に机があって当時の当番帳らしきものや、冊子、賞状、薬が入ったビンなど色々とあり色褪せたカレンダーがかけてありました。
1991年11月で止まってたんで、そこで閉鎖でもされたんですかね。




色々とありました。厨房には当時使ってたであろうフライパンがガスコンロの上に置いてあったり、サランラップがあったり調理機材もかなり残ってました。
その、奥の部屋には大型の冷蔵庫。さらに奥にもいくつか部屋がありました。
と、ここでつくなが「そろそろ暗くなるから帰ったほうがいいのでは?」と言ってこられたんで時間を見ると4時5分前でした(;・∀・)
そんな時間だったのね・゚゚(;´Д`)・゚゚アセアセ…

とりあえず、ギリギリまで周るとのことで散策再開。
が、この建物かなり広くて僕らは行きませんでしたが、地下1階と1階から3階と奥には別館らしき建物が(;・∀・)
奥に行くにつれてかなり暗いしね。

「まぁ、とりあえず上いくべ」とのことで2階へ。
上がってすぐ前の壁は結構破壊されてます。ヒドイ(;´Д⊂)
と、布団がかなり廊下に散らかってます。
一番手前の部屋は大部屋で布団がかなりありました。
浮浪者がいたような痕跡や、宴会でもやったような痕跡もありました。どんなw

さらに奥には、講習でも受けていたような教室らしき部屋が。長机が隅に寄せられていました。
その横は女子トイレ~。
で、階段がありました。その奥は別館ですかね。
入り口からのぞいた限り、数人ではいる個室かなんかですかね?部屋の前に番号が書かれた部屋がいくつかありました。

さて、3階へ。

と、3階も見てみましたが作りは2階とあんまり変わりませんでした。
そして、屋上。
屋上入り口の横の部屋は卓球場。卓球台が2つありました。
床が下がってて非常に危ないです・゚゚(;´Д`)・゚゚アセアセ…


外には雨が降ってるので出ずに下の入り口へ付近へ戻りました。
最後に入り口のドア前に扉があったので開けてみると、狭い下駄箱が。ですが、奥行きがw
奥行きと幅のギャップがすごいなw

そして、4時30分頃撤収しました。
帰り坂にまた郵便局のバイクがw
休憩の溜まり場なんですかね。
それから、歩いて駅まで行き帰りました。
とりあえず此処は、また来ようかと思います。早い時間にね。
状態がいい廃墟で残留物も多く楽しめたんで個人的には、まぁまぁ満足でした(*´∀`)
ではでは( ´_ゝ`)/~~

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